イベントレポート

イベントレポート

“月”から見る月面着陸VR体験1DAYイベント

2024年3月9日(土)

今年1月20日、世界初となる月面へのピンポイント着陸に成功した日本の月着陸機SLIM。その宇宙飛行と月着陸の瞬間を、VRで体験できる特別イベントがMEToA Ginzaで開催されました。会場に集まったのは、350名以上のお申し込みの中から抽選で選ばれた約70名の方々。当日はJAXAをはじめ、SLIM開発に携わったゲストを招いた解説&トークセッションも行われ、多くの宇宙ファンを楽しませてくれました。その模様をレポートします。

金谷 周朔

金谷 周朔(かなや しゅうさく)さん[第1回に登壇]

JAXA(宇宙航空研究開発機構) 研究開発部門

SLIMプロジェクトでは電源系を担当

後藤 健太

後藤 健太(ごとう けんた)さん[第2回に登壇]

JAXA(宇宙航空研究開発機構) 研究開発部門

SLIMプロジェクトでは推進系の担当と管制室でのスーパバイザーを兼任

千葉旭

千葉旭(ちば あきら)さん

三菱電機鎌倉製作所 宇宙技術部

SLIMのシステム開発(データ処理系)及び製造担当

石井孝典

石井孝典(いしい たかのり)さん

タカラトミー

超小型の変形型月面ロボット「SORA-Q(ソラキュー)」プロジェクトメンバー

柴崎健

柴崎健(しばさき たけし)さん

三菱電機エンジニアリング鎌倉事業所 生産情報技術部

SLIMのCG制作および今回のVRコンテンツを開発

林 公代

林 公代(はやし きみよ)さん

宇宙・天文分野を中心に取材、執筆するライター

世界のロケット発射、すばる望遠鏡、皆既日食など宇宙取材歴約30年。三菱電機DSPACE「読む宇宙旅行」を20年にわたり連載中。

開発者たちが語る、解説&トークセッション

「“月”から見る月面着陸VR体験」1DAYイベントは、3月9日(土)午前と午後の2回に分けて開催されました。体験に先駆けて、まず宇宙ライターの林公代さんが、今回の月着陸で実証された「SLIMのすごいところ」を紹介。それを踏まえて、SLIMや超小型ロボットSORA-Qの解説&トークセッションが行われました。ここでは、午前の部の内容をお届けします。

SLIMのココがすごい!

⚫︎世界初、ピンポイント着陸を達成!

SLIMの特長は、狙った場所に降りられること。今回の月着陸では、100m以内の精度を達成!

⚫︎探査機もロボットも超小型

SLIMは着陸時約210kgのスリムボディ。搭載ロボットのSORA-Qは野球ボール大です

林:世界初、世界最高精度のピンポイント着陸を達成した小型月着陸機SLIM。本日は、その開発に携わったみなさんにおこしいただきました。まずはお一人ずつ自己紹介をお願いします。

金谷:JAXAの金谷周朔です。SLIMでは、電源系と呼ばれる部分を担当しています。小型軽量化に向けた電源開発のポイントはいくつかありますが、注目していただきたいのは、ペラペラに薄くて軽く、曲げても壊れない太陽電池です。着陸当初は太陽光が届かないというハプニングもありましたが、現在は正常に稼働しています。

千葉:三菱電機の千葉旭です。ものづくりの現場から宇宙開発を支えたいと考え、今の仕事に就きました。三菱電機は、2016年からSLIMのシステム開発に携わっています。その中で私が担当したのは、SLIMに搭載する小型コンピュータ。今回はこのコンピュータでしっかりピンポイント着陸をサポートし、38万kmの彼方からデータを届けることができました。

石井:タカラトミーの石井孝典と申します。私たちが開発したのは、SORA-Q(LEV-2)という世界最小最軽量の月探査ロボット。SLIMからポンと出てきて変形し、移動しながらSLIMを撮影する専属カメラマンです。撮影した写真は、相棒のLEV-1というロボットが地球に送ってくれます。みなさんが会場でご覧になっている写真も、SORA-Qが撮ったものなんですよ。

柴崎:三菱電機エンジニアリングの柴崎健です。当社は、三菱電機と一緒にSLIMの設計図面の作成に携わっていました。今日みなさんにご体験いただくVRは、そのときに使った図面のデータをもとに構成しています。だから、本物と寸分違わぬSLIMを目の前でお楽しみいただけるはずです。また、月の地形データや岩の配置もすべて取り込んでいるので、VR空間はSLIMが見ている風景そのもの。SLIMが地球上空を出発して、月面に着陸するまでの旅を、ぜひご自身で体感してみてください。

トークセッションはまだまだ続きますが、会場ではさっそくVR体験がスタート。VRゴーグルを付けると、そこはもう宇宙空間。地球上空でロケットからSLIMが分離する瞬間や、着陸ポイントを探して月を周回する様子、月面着陸までの模様をリアルに体験できます。「SLIMからSORA-Qが飛び出すシーンも、お見逃しなく!」と柴崎さん。

林:SLIMが月面着陸したときの、みなさんの状況とご感想をお聞かせください。

金谷:1月20日、私たちはJAXA相模原で着陸の瞬間を見守っていました。そのとき、SLIMの太陽電池が発電していないことに気づきましたが、自分たちのやるべきことはわかっていたし、事前に何度も訓練していたので、わりと冷静に対処できましたね。今は月を見上げるたびに、「SLIMがあの辺にいるんだな」としみじみ感動しています。

千葉:私は、冷静を装いながらも結構緊張してました(笑)。でも、SLIMのアンテナやコンピュータが着陸の衝撃に耐えて、バッテリ駆動で無事にデータを送ってくれたときは、本当に嬉しかったですね。その後、バッテリを切り離してSLIMを休眠させたのですが、約9日後に目覚めて活動を再開した際は、みんなで喜び合いました。

石井:1月20日の時点では、SORA-Qが相棒のLEV-1と一緒に放出されたことしかわからず、画像データが届くまではハラハラしていました。数日後、その1枚目が届いたときに、ようやくSORA-Qが無事動いていることがわかり、ほっとしましたね。しかも、その写真がまた芸術的で(笑)。たくさん撮った写真の中からいいものだけをSORA-Qが選んで、LEV-1を介して地球に送る。その連係プレイがうまくできていることも確認できました。

柴崎:送られてきた画像を見て、「VRと同じ構図だ!」と興奮しました。もともとこのVRは、SLIMのシミュレーターとして使う目的で開発したものですが、どこまでリアルに再現できたかの答え合わせにもなりました。VRでは、着陸地点の周囲20kmまでを作り込んでいるので、SORA-Qが撮影した山も見えます。

林:今まさにみなさんが体験されているVR、そしてSORA-Qの開発ポイントを教えていただけますか。

柴崎:VRの中では、360度どこを見ても月面と宇宙が続いています。その詳細を全部落とし込むとデータ量が膨大になり、動きが鈍くなってしまうため、荒さと細かさのバランスには苦労しました。その分、細かいところはかなり忠実に再現しています。今日体験していただくデータは、SLIMが着陸した1月20日0時20分の太陽と地球の位置に設定。この日の地球は三日月に見えるはずですよ。

石井:SORA-Qは、小さく運んで着陸後に展開するコンセプトで開発しました。変形前は、直径約8cmの野球ボールサイズ。着地するとパカッと開き、「バタフライ」と「クロール」の2種類の走行モードで砂の上を器用に移動します。こういうことができるのも、おもちゃ会社の強みです。当社には、トランスフォーマーという乗り物や動物から変形するおもちゃがあり、SORA-Qにはその変形機構を応用しました。おもちゃやアニメの世界の夢を、宇宙で大真面目に実現したことはすごく我々らしいし、誇りに思っています。

林:会場には、たくさんの子どもたちも来てくれています。今回SLIMが成し遂げた快挙は、彼らの未来にどうつながっていくと思われますか。

金谷:SLIMは、自分たちが行きたいところに行き、見たいものを見る宇宙探査を実現してくれました。宇宙開発がもっと発展していけば、月面の狙いをつけた場所に集落をつくり、住まいや基地、農地を広げることもできるかもしれません。みなさんが大人になったとき、そのお手伝いをする仲間になってくれると嬉しいです。

千葉:月にはまだわかっていないことがたくさんあるため、SLIMの技術が今後の新しい発見に役立つことを願っています。また、三菱電機はJAXAさんのMMX(Martian Moons eXploration)という、世界初の火星衛星サンプルリターンミッションも担当しています。ここでもピンポイント着陸が活躍するはずなので、ぜひ期待してください。

柴崎:私たち三菱電機エンジニアリングも、MMXでまたVRを作成したいと考えています。月や火星のように簡単に行けない場所でも、VRなら自由な探索が可能です。未来の基地づくりや宇宙生活にも活用してもらえるよう、さらにVRの技術を磨いてまいります。

石井:今日はSLIMだけでなく、SORA-Qもみんなの人気者になれて嬉しかったです。これを機に、月や自然科学にも興味をもっていただき、将来宇宙に関わる仕事をする人たちが増えていけばいいなと思います。私たちタカラトミーも、そんな未来につながる活動を続けていきます。

林:みなさんが大きくなる頃には、月で暮らす未来が実現しているかもしれませんね。それにはまず、水や空気の確保が不可欠です。宇宙ではこれらがとても貴重な資源となります。だからこそ、限られた資源を大切に使う知恵や技術が生まれ、それを地球社会に還元していくことにもまた、宇宙開発の意義があると考えています。今日のお話が、サステナブルな暮らしや持続可能な社会の実現につながっていくことを、心から願っています。